←←


TRPG覚書


◆「お手軽毎日セッション」−2000/01/09

 まあ、学生とか暇人にしかできませんが(笑)、毎日セッションするというのはわりと簡単に出来ます。
 毎日セッションする際に弊害となるのは、

1)全員集まるのが難しい
2)シナリオを考えるのが難しい
3)時間/場所の確保が難しい

といったところでしょうか。しかしこれは意外と簡単にクリアできます。

1)全員集まるのが難しい
 「全員集まることを考えなければよい」というのがその対処法です。PCがそれぞれバラバラに行動するシステム/シナリオを使用しましょう。

2)シナリオを考えるのが難しい
 最初からシナリオが全部出来ていれば問題ありません。
 PCの行動によって話の流れが変わってしまう点がネックとなります。
 閉鎖空間で場所でセッションを管理するタイプのセッションであれば対処がしやすいです。どのPCがどの時間軸にいるかという管理はする必要があります。さらに、1カ所で起きたイベントが他の場面に影響を与えにくいシナリオだとさらに、バラバラに行動しても破綻が起きにくくなります。

 具体的にどんなシナリオが向いているかというと、「ダンジョンシナリオ」が向いています。それもD&Dのモジュールとかにあるような広大なダンジョンを探索するシナリオが向いています。ただダンジョンシナリオというのは何かと死にやすいという問題があって、そこでさらに死なないことを考慮しつつプレイすると深いところまで突っ込んでいけなくなることもあります。それには「死んでも甦る」というルールを一つ組み込むだけで、ダンジョン探索にPCを専念させることが出来るようになります。

3)時間/場所の確保が難しい
 時間も場所もとらないシステムが必要になります。
 判定方法/PCのパラメータが複雑なシステムは向いていません。
 カプセルみたいなのに小さなダイスが入っていて、ボタンを押すとダイスを振ってくれるという小道具はかなり使えます。ダイス機能付きチャットソフトもいいでしょう。他に私が愛用したのは「ジャンケン」システムです。これは、手のないプレイヤー以外であれば誰でもいつでもどこでも使えます。
 極端な話、授業の合間の2〜3分の時間内でも、ちょっと会話して判定することが可能です。


◆「悲劇」プレイのスタンス−2000/02/18

 プレイヤーが積極的に「悲劇」をプレイするのは実に理に叶っている。


<プレイ上の優先目的>

 悲劇をやる際、以下の優先順位を考慮してプレイするのがよい。

 物語の美しさ>目的の達成>キャラの生命

 まず、「悲劇」をやろうとする場合には必ずPLとPCの思惑がずれる。従って、キャラクターとプレイヤーの立場を区別してプレイできる人間しかそれを楽しんでプレイすることはできない。クトゥルフやパラノイアなども同様のコンセプトを持っている。システム上(シナリオ上?)求められる物語があって、それをより面白く実現するためにプレイするのである。キャラクターの希望を叶えるためにプレイするのではない。


<何が面白いのか?>

 で、「悲劇」をわざわざプレイしていったい何が面白いのかといえば、その「過程」が面白いのである。キャラクターが、いかにして堕ちていくかを見るのが面白い。

 単純に自虐的だとかマゾヒスティックだとかいう嗜好性(笑)の問題もあるが、それ以上に「悲劇」をやろうとすると、安易なハッピーエンド物語など比較にならない、すさまじいまでの緊張感が生まれるのである。これが楽しいのである。

 なぜそうなるのか説明すると

1)GMは手加減をする必要がなくなる
 予定調和や、ハッピーエンド嗜好なシナリオ・システムの場合にはGMは必ず手加減をしなくてはならない。最終的にはうまくいくようにバランス調整をする必要がある。プレイヤーの方から見ると、一見どんなに大変そうに見えても最後にはうまくいくようGMが調整してくれる、という安心感があるが、その安心感は緊張感をそぐのである。

 しかし「悲劇」の場合には、そんなことに気を使う必要が全くない。「悲劇」では結果は問題ではない(むしろうまくいかなかった方が美しく終わることができる)。最終的な敗北なり死なり絶望なりに堕ちる前にどれだけ頑張れたかという「過程」が重要なのである。そしてそれをより強く引き立てるためには、キャラクターがどれだけの極限状態まで耐えられるかを試すような過酷なセッションをやった方がむしろ良い。

2)限界を試すことができる
 まさに「悲劇」というものは、キャラクターがどこまでできるかという限界を試す場なのである。これ以上の緊張感を生み出せるスタイルが他にあるだろうか?

3)多面性
 この現実世界や、よくできた物語世界は裏も表もあるという多面性を持っている。ハッピーエンド嗜好なスタイルの場合、現実のかなり重大な部分を占めている“裏”の部分を見ずに終わってしまうことが多い。だから薄っぺらいなどと言われるのである。
 「悲劇」では「勝利/成功/幸福」と「敗北/挫折/死」の少なくとも二つの側面を見せてくれる。そういう世界は豊かな世界だと感じられないだろうか?そういう状況で得られる「ささやかな勝利」こそ尊いもののように感じられはしないだろうか?


<「悲劇」を成り立たせるための諸要素>

 いい恋愛漫画は、読者をじらせるのがうまい。すれ違いなり、ジレンマなり、トラウマなり、さまざまな障害を設けて最後にうまくいくまでをどれだけ長く演出し続けられるかどうかがその面白さの鍵となる。これをTRPGでプレイする場合、「恋愛もの」というのは多分に「微妙な心理的障害」によってそれが成立されてるので、とてつもなく難しい。

 しかし「悲劇」は、それに比べるとずっと簡単である。

1)GMが(場合によってはPLが)何らかの困難な障害を提示する
2)困難から脱するべく頑張る
3)更なる大いなる困難がキャラクターを襲う
4)それでも困難から脱するべく頑張る

…と、こういうプロセスをひたすら失敗するまで繰り返し続けるだけである。基本的に上のプロセスを長く引き伸ばせれば伸ばせるだけ緊張感が高まっていく。

 最後は「悲劇」と決めてるなら、適当な頃合を見て(どうやると話として綺麗に終わるかを見極める必要がある)話を落とすだけである。長期連載の終わらせ方みたいな感じだ(笑)。

 この辺の方法については古今東西の連載漫画を参照すればいいだろう。特にあまり人気がなくて(笑)、急遽打ち切りになった漫画にどう話としてけりを付けてるかってのが資料としては参考にしやすいだろう。人気のある漫画の場合は、人気のためにずるずる引き延ばしてしまりのない終わりになっていることが多いので、これは参考にならない。ほどほどに長い話で綺麗にかっちり終わってる話もある。こういう作品は「いい作品」と言っていいだろう。


<「理に叶っている」という部分>

 第1にPLは素直に“キャラクターらしく”行動させればいいだけである。それがうまく行こうがうまく行くまいが問題ではない。どこまで頑張ることができるか、どれだけあがくかを楽しめばいい。GMも手加減してこないので、まさに死ぬ気で(それくらいの緊張感を持って)プレイすることができる。

 「悲劇」をわざわざTRPGでプレイするというのは、極限までの緊張感の中でより純度の高いドラマを実現しようというためのひとつの方法なのである。


◆謎解きシナリオのスタイル−2001/03/22

 「謎解きシナリオ」というのはTRPGのシナリオの定番の一つで、私の得意なスタイルの一つである。
 「謎解きシナリオ」は謎が解ければ実に爽快感があって楽しいのだが、TRPGでプレイするにはその楽しみ方の方向性が違う(というか特異)のでちょっと難しい。プレイするにはあらかじめ「謎解きシナリオをやるよ」「こういう楽しみ方に主眼に置いてやります」ということを明言しておいた方がいいと思う。さもないとPLとGMの間で求めるものが違って「面白くない」ということになりがちである。
 ということで、「謎解きシナリオ」を楽しむために気をつける点を以下に解説していこうと思う。


1.「キャラクタープレイ」は「謎解き」の面白さを阻害する

 キャラクターらしく動かすことを考え、キャラクターに共感することを目的としたいわゆる「キャラクタープレイ」は、「謎解き」の面白さを阻害する。その辺の構造を図示しよう(笑)。

<謎解きシナリオの構造>
 「謎」←「プレイヤーが謎について考える」

<キャラクタープレイの構造>
 「謎」←「PCが謎について考える」←「プレイヤーは、PCが謎についてどう考えるかを考える」

…というように「キャラクタープレイ」の場合には1クッションを置いて「謎」に関わることになる。単純に言えば「考える量が2倍になる」。もちろんプレイヤーの思考能力が無限であれば2倍になろうが大した問題ではないが(笑)、現実には「プレイヤーが考えることのできる量は限られている」。したがって、消化不良で終わって「つまらない」ということになることが多いので、対策を考える必要が生じる。

<対策>
<1:「キャラクタープレイ」は最初から却下する。>
 プレイヤー募集の段階で「今日は謎解きシナリオをします。謎解きの楽しみをメインにしますので、キャラクタープレイは控えてください。」とあらかじめ宣言しておく。

<2:謎の難易度を下げる>
 ドラマを盛り上げるために少々の「謎」があるのはスパイスとしてよく効く。ちょっとした簡単な謎をシナリオに採り入れるくらいならばプレイヤーの許容量に収まる。解けない場合も考慮してNPCなどを介して自動的に謎が解けるようにしておいた方が良いかも。

<3:場面を分ける>
 時間が大量にある人向けの贅沢なプレイ方だが、「キャラプレイを楽しむ場面」「謎解きを楽しむ場面」を明確に分けてプレイするという方法。セッションにメリハリが付いて面白いが、プレイヤーにきっちりプレイスタイルの切り替えを自覚させる必要がある。
 短いセッションでも「前半謎解き/後半キャラプレ主体」とかやるという技がある。


2.「謎解きシナリオ」は一本道シナリオである

 途中の過程は微妙に変わってくるが、「謎解きシナリオ」は基本的に一つの「謎の解答」に辿り着くためのシナリオである。そこに「意思決定」などの要素は介在しない。
 「意思決定」はTRPGの重要な楽しみの一つであるが、「謎解きシナリオ」は基本的にそういう楽しみ方をするような構造にはなっていない。(そこにそういう楽しみを求めてはいけない!)

 もし「意思決定」を入れようとするのであれば、それは「謎」が解けたあとの話に入れるべきである。(まあ、大体重要な謎が解けたときには、意思決定せざるを得ない重要な局面に追い込まれていることが多いのだが(笑)。)


3.「謎解きシナリオ」はGMとPLの共感を呼び起こす

 「謎を解く」というのはGMが設定した謎をPLが解き明かすということである。GMの意図をPLが読み解かないと謎は解けない。これはGMとPLの間のコミュニケーションである。そして「謎が解ける=真意が通じる」と言うのは楽しい。コミュニケーションにおいて自分の真意が相手に通じると言うのは実に楽しい(嬉しい)ことである。

 「謎解きシナリオ」というのは、「謎」を介してGMとPLがコミュニケーションし、GMの真意をPLが読み取るためのシナリオである。やや一方的なコミュニケーションではあるが、相手に自分の真意を理解してもらえる(&相手の真意を理解することが出来る)というのはコミュニケーションしていていちばん面白い部分であると思う。


◆「パクリ」プレイは嫌い−2001/05/27

 まあ、個人的な好みの話ではあるんですが、僕はTRPGやるときに“あからさまな”「パクリ」をやられるのが大嫌いです。何でかと言いますと、「知らない人はわからない」からですね。僕自身が基本的に「流行りものには一切手を出さない」主義なので、「今ホットな話題だから当然知ってるだろう?」というような話題すら知らないというのも原因ですが(笑)。
 それはさておき「知ってるか、知らないか」で「面白いか、面白くないか」が決まってしまうのが好きじゃない。それってその「ネタ自体が面白い」のじゃなくて、「ネタを知っていることが面白い」という感覚に騙されてる感じがするんですな。

 …何か文句ばっか書いてますが(笑)、一応“安易に”「パクリ」をやると出るであろう弊害を以下に列挙します。それでもあえて「パクリ」をやる場合は、以下の弊害を回避する方策を考えた上でやるとより良いかと思います。


・知らない人には、それが面白いのかどうかすらそもそも理解できない
 →対策1:知ってるかどうか確認する。知らない場合には使用を取りやめる。
 →対策2:「何が面白いのか?」のエッセンスを抽出して見せる

・そこで受けたネタは、外部で話しても一切通じない場合がある。リプレイなどで公開する場合は注意が必要。
 →対策:注釈を入れる

・形だけ下手に真似ると却って幻滅する
 真似るにしても真似る時のセンスが問われます。


 一応、素材として既存のネタなりシチュエーションを真似るのは必ずしも悪くないとは思います。その場合には「必然性があるか?」「構成として面白く組み込まれているか?」という点が重要かと思います。出来るなら、元ネタをまったく知らなくても面白く感じられるような使い方をした方がいい。さもなければ、元ネタを確実に知ってる人同士とだけプレイするという手もあるんですが、これってTRPGのコミュニケーションの面白さを一部阻害してしまうんですね。
 僕は、TRPGでは、知らない人とイメージを共有していく過程が面白いと思うんですけど、「知ってるか、知らないかで面白さが変わる」ネタの場合、そのコミュニケーションの過程を最初から放棄するか、コミュニケーションの過程が必要ないくらいすでに共通認識が出来上がってる人とプレイするか、しかないんですね。要するに、TRPGやってて“私が”一番面白いと感じている部分を素通りしてしまうんです。

 だから、「パクリ」プレイは嫌いです。

 逆にプレイヤーのまったく知らないようなネタをセッションに持ち込む場合には、プレイヤーには一切の先入観がないので、純粋のそのネタの面白さを抽出できます(出来ないとつまらないセッションになる(笑))。この場合には、あとは面白さをいかに抽出してうまく表現できるようになるか?という純粋に技術的な問題だけになるので、これは対処しやすいかと。つまり「精進したまえ」と言うだけですけど(笑)。

−以上−


↑↑