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TRPG覚書-1999年10月〜12月-


◆TRPGにおける不確定要素-1999/10/04

 TRPGにおける不確定要素には、以下のものがある。

1.ダイス目
2.プレイヤー/PCの挙動
3.GM自身のうっかりミス

「3.GM自身のうっかりミス」
 ある程度は仕方ない。気合(もしくは機知)で乗り切るすべを学ぶしかない。シナリオなど、準備万端整えていけば、それを減らすことができる。これは、セッションそのものが全く面白くないものに変わってしまう恐れがあるので、いざという時の対処には細心の注意を払ったほうが良い。

「2.プレイヤー/PCの挙動」
 長く同じ人とやっていれば、かなり読めるようになる。大体どんな人も数パターン程度の挙動に分類できるので、慣れと経験で対処できるようになるし、うまくすればコントロールできるようにもなる。

「1.ダイス目」
 どうしようもない。
 ただ言えることは「振るまでの過程が大事」ということ。

 GMというのは、場をコントロールしようとする者で、かといって100%その通りうまくいっても「面白い」と言いきれない部分があって、その存在自体が矛盾している。
 ただ、どんなに技術を磨いてもコントロールできない部分がある。それは「ダイスの目」。「ダイスの目には勝てない」と、ときおり言われるが、そこがTRPGの面白い部分のひとつと見ることができるのではなかろうか?
 そんなわけで、私はオープンダイスでやるのが好きである。(最近はいつもそうだ…と言っても、「深淵」だから、ダイスを振ったあとで如何様にも対処できるんだけど…)

 むかし、あるキャンペーンをやったときに、ボス級の敵がことごとくクリティカルで一撃のもとに葬られて、まあ、何と言うか、あきれたと言うか、感心してしまった。こんなこともあるのかと。けっこう過酷でシリアスな話だったはずが、すっかりギャグになってしまった。
 いいけどさ。


◆「悪」のマスタリング-1999/10/07

 TRPGでGMをやってるとPCに対立する存在としての悪人をやることが多くなるので、だんだんと思考が「悪」に染まってくる。(これが面白いんだけどね)
 いかにPC/プレイヤーを口八丁で騙すか。あるいはPC/プレイヤーの気にしていないような背後の部分でこっそりと周到に罠を張り巡らしておいて、いざPCたちがそこにかかった時にうまくはめるとか。

 シナリオ上、「どうしてもこういう展開にしておきたい」という場合には、PC/プレイヤーの関わることができない場面でそれをやっておけば、邪魔が入らず確実に遂行することができる。そのためにはPCらの目を他に逸らさなくてはならないので、プレイヤーの興味を引きそうなエサ(事件/もの/人物など)を提示して、PCらがそこに目を奪われている隙に、目的を達成してしまえばいい。
 PC/プレイヤーの関わらない部分こそ、GMの自由自在に操れる部分であるから、そこを利用しない手はないでしょう。

 話がそれたので、再び「悪人」の話題に戻すと、「悪人の論理」というのをよく考えるのだが、これが面白い。大抵そういったものは、そのひと個人の欲望・欲求に基いていて、それがまた実に人間的なのである。へたな「正義」「大義名分」より、よほど彼らの言い分のほうが説得力があって、身につまされる思いがする。結局、世間との折り合いがつかないがためにそれは「悪」と見なされる場合が大半であり、そう考えると、「悪人」と呼ばれる人が何だか可哀相になってきたりする。


◆歪んだ情報-1999/10/13

 情報は、PCの行動の目的、行動に対する動機付けを定めるために有用である。逆に言うとGMが自在にそういった事柄を操りたいのであれば、情報そのものを偏ったものに操作してやれば容易にPCらの行動の方向を捻じ曲げることができる。

 しかし、何の理由もなく歪んだ情報ばかり与えるのはGMの信用を落とすだけでよくない。
 ならばどうしたらいいか?

 …多くの情報は「人」から与えられる。
 「人」というものは、常に主観的なものである。基本的に「人」は、常に「自分に都合の良いものしか見ないし、自分の都合の良いことしか言わない」ものである。何だかひどい言い方であるが、NPCにシナリオ上何らかの立場を与えて、その背景も考慮しつつ何らかの発言をさせようという場合には、その言葉はすべてその人物の思想に沿ったものになるはずであり、結果としてそうなってしまう。
 さて、回りくどい説明をしたが、要するに人から情報を与える場合にはその人物という「フィルター」のかかった状態で情報を与えられることになる。そこでその人物の主観に沿って情報を歪めることが可能になる。
 といっても何の理由もなく人を惑わす情報を与えようとする人物は普通いない。従って、そのNPCに何らかの理由を与えて「悪い情報を流す」動機付けをしておいた方が後々追求されたときのために良いであろう。ちなみにこの際考えられる理由はこんな感じであろうか。

・実は悪人だった。
・何らかの誤解から間違ってその情報を与えてしまった。
・単に変な人だったというだけ。


◆葛藤-1999/10/13
 〜「これは君のために残されていた山の頂きなのですよ」(「銃夢」より)〜

 TRPGで「葛藤」を生み出す方法論。

・それぞれの立場を理解することが必要である。そのためには…。
 →それぞれの立場を明確にする情報が必要である。
 →それぞれの立場を理解する時間が必要である。

・ジレンマに対する決断を迫るシチュエーション(場面)が必要である。

・複数の選択肢がある場合、それを自由に選択する権利を与えるべきである。

…「どれでも良いよ」と言うと、人は悩むものである。


◆深淵キャンペーン日記1-1999/10/31

 先々週からキャンペーンを始めた。

・1999/10/16
 キャラメイクのみ。いつものパターン。今回は自作キャラ(能力値割り振り)にした。

・1999/10/23
 プレイヤーの「縁故の貴族の家に妖しげな本があって、その本で魔法知識を勉強した」という言葉から、その貴族が魔族と関わったことにした。運命は引いて見ると「過去に関わる疑念」。魔族がらみで記憶喪失ということにした。キャラクターの登場は、

“記憶を失ってぼろぼろになって野垂れ死にしそうなところをPCに救われる。
 PCは彼の事を知っているが(縁故5)彼はPCのことを「知らない」と言う。”

に決定。
 実際、実にうまくいったが、キャラクターが一人歩きを始めて『そんなことは思い出したくない』と貧民街に逃げ出してしまった。
 PCたちがそのNPCを救出に行くというところで次回に続く。

・1999/10/30
 今回は失敗であった。いや、今回だけに限るのであれば失敗ではなかったのだが、次に続ける部分のつなぎに失敗。シナリオ全体にぴったりの設定があって、素直にやっておけば良かったのに、自らそれをぶち壊してしまった。今後の修復に頭を悩ませなくてはならない。キャンペーン全体の構想が大きすぎてその流れと目標がまだはっきりと見えてこない。
 あとひとつひらめきが欲しいところである。

 ひとつひらめいたことがあって、「森の結界」で時間を戻してやりなおそうかと考える。そのためには戻るための動機付けが必要だ。これはシナリオのテーマにも合うようなので、どこかいいタイミングで使うことを考えるとしよう。


深淵キャンペーン日記1.5-1999/11/06-11:55a.m.

 今のキャンペーンシナリオの事前に取っていたメモを発見し、見て思わずびっくり。俺ってこんな先のことまで考えてたんだ…。
 前の失敗に対応して、いろいろ設定を考えてたのだが(前回はパーティープレイ主体だったが、今回は個人ブレイ主体にする予定。みんなを分断して、フッフッフ…)それがまるで予見したかのごとく、ほとんどみんな、そのメモに書かれていた。昔の俺ってすごかったのかも(笑)。大体こういうひらめきのある時は面白い話になるはずなのだが…。
 今日はこれからマスター。さて、うまくいきますことやら(乞うご期待)。


◆深淵キャンペーン日記2−1999/11/07

 今日のセッションは成功であった。組み立てはこんな感じ。

1)夢歩き
2)PC・NPC同士の会話
3)目的地での最初の敵との遭遇
4)砦での戦闘1

 1)でPCの運命に関する深い設定、隠された事実を明らかにしていって、キャラクターのイメージを、よりはっきりさせていった。「記憶不全」のキャラがいて、明らかになる運命が「しがらみ」であったので、魔族にお願いされることにした。その際のおぞましい設定を紙でプリントアウトして渡したらそのプレイヤーは絶叫していた。(思惑通り♪)
 2)「魔剣」のキャラがいて、その危険性をNPCに積極的に語らせた。「魔剣」のキャラが暴走するかもしれない、「魔剣」のキャラからすると他のキャラが自分と敵対するかもしれない…という雰囲気を匂わせた。(あとの展開の複線)
 3)とりあえず最初の戦闘。クモさんとの闘い。だいぶプレイヤーたちも慣れてきたようである。
 4)フロアタイル(と言っても某「エクスカリバー(GG誌別冊)」付属のものをコピーしただけ)を使ってクモさんと戦闘。何も考えず突っ込んできたので、容赦なく落とし穴に落とす(致死性の罠でなかっただけ優しくしておいた)。多少苦労したが結局PCたちの勝利。さすがに1匹では辛いらしい。もう少し厳しくしてもよさそうだ。

 今日は戦闘付いていて、2回も戦闘してしまった(それぞれ敵は1匹ずつしか出さなかったが)。個々のキャラクターの夢歩きをきちっと設定していったので、なかなかスリリングなプレイが出来た。夢の中で運命もひとつあげた。「おまえは***を愛しているだろう?もう一度会いたくはないか?」と言って結局「死霊の加護」をプレゼント。やはりキャラクターの欲望に訴えるやり方が一番効果的なようである。

 今回は1人来れない重要なキャラがいたのと、時間も押してたので、ここまでで終了。
 次回は、来れなかったプレイヤーに極秘情報を吹き込んで、あと最後の罠を仕掛けて待つだけ。
 さて、誰がかかることやら。


◆欲望に訴える−1999/11/07

 よく「キャラクタープレイ」と言うと、シナリオと合わないだとか、何かと煙たがられがちであるが、これが事前に分かっている場合には、これほどキャラクターの行動を操作するのに都合のよい情報はない。
 キャラクターの設定には大抵、そのキャラクターの嗜好性「何をしたいか」「何をしたくないか」「何が大切か」「何を嫌っているか」が書かれている。これがそのキャラクターの行動原理につながるのだが、ここを利用すれば容易にそのキャラクターの行動を操ることが出来るようになる。
 つまり、何かさせたいのであれば「そのキャラクターのしたいこと」「キャラクターにとって大切なもの」という部分に訴えかければ「このキャラクターの性格だと、こうするよな〜」と、プレイヤー自ら納得させた上で、キャラクターにGMの望んだとおりの行動をさせることが出来るようになるのだ。逆に「これはさせたくない」のであれば、キャラクターの「やりたくないこと」という部分に引っ掛ければ自分から避けて通ってくれるようになる。

 さて、欲望に訴えるやり方の、別の良い効果のひとつは「キャラクターのモラルが上がる」という点である。
 それが「キャラクターがやりたい」と思っていることであるならば、多少苦労しても、場合によっては命懸けでキャラクターが行動してくれるようになる。なので、GMとしてもより危険な脅威、罠などを準備することができ、結果としてより深いセッションができるようになる。

 もうひとつの面白い効果は、容易に「葛藤」「対立」を作り出すことができるという点である。「あれがしたい」「これがしたい」が矛盾していて、決して同時にはかなえられないものということにしてやれば、それだけでジレンマが生じる。これが一人のキャラクターの内面での対立であれば「葛藤」となるし、別々のPCのものであれば「PC同士の対立」という緊迫した場面を演出できるようになる。

 コンベンションでこれをコントロールするのは難しいが、しかし、ある程度類型化しておくのは可能であろう。それに対応していくつかの引きを準備しておけば、ある程度さまざまなタイプのキャラクターに対応してリアクションできるようになる。
 また、キャラメイクの終わった時点でそのキャラの嗜好性を把握しておけば、誰がすんなり来そうか、誰がそうでないのか、乗って来ない場合にはどういう餌を準備すれば乗せられそうかを事前に考えることができるようになる。

 補足だが、キャラクターの嗜好性に則ったプレイというのは「キャラクターらしい行動」に直結し、キャラクタープレイの好きな人にとっては楽しいものであると思う。

 以上から「キャラクターの欲望を把握しろ!」「シナリオの中でその欲望をつついてキャラクターを起こせ!」「その方がキャラクタープレイヤーにとっては面白い!」と言うことで、この論のまとめとする(あんまりまとまってないや(笑))。


◆「喜び」と「苦しみ」をコントロールする−1999/11/12

 わたしはどちらかと言うと(かなり)プレイヤーに厳しいマスターになるかもしれない。まず、「予定調和」なんてものは端から信じていないし(「こうなったらいいな」とは思っているが、そこまでプレイヤーが行きついてくれることは滅多にない)、「TRPGはみんなで楽しむものだ」と言っても、誰でも楽に、普通に楽しめればいいとは全然考えていない。
 わたしは、より深いレベルでの楽しみ…できたら「感動」の領域まで行きたいと考えている。

 そのために重要だと思うのは「過程」だ。

 より深い「喜び」を得るためには、より深い「苦しみ」が必要である。だから、「楽しみ」「喜び」を与える前に、「苦しみ」を与える。その「苦しみ」をより深くするためには、「つかの間の喜び」を与えてそこから突き落とすのがもっとも効果的である。だから、「つかの間の喜び」→「それを奪われた深い悲しみ」→「苦しみを乗り越えて得られる大きな喜び」といった展開を考える。

 良く言えば、これが「メリハリのある展開」というやつである。


◆深淵キャンペーン日記3《不可解なり》−1999/11/14

 今回は仕事が忙しかったこともあって準備不足で、なんだか流れが迷走しているような感じであった。私がキャンペーンをやる時は、大体序盤から中盤にかけるあたりでこういう先の展開を模索する、よくわからない場面に入ることがある。
 一方、PCたちの方は勝手に走り出していて、NPCに「君たちはいったい何の目的でここに来ているんだね」と問わせたところ、何かそれぞれ自分で目的を勝手に決めて動き出しといる感じで、放っておいても動いてくれていた。(その点、楽であった)

 今回PCたちは、主に魔物に席巻された砦の探索を行った。最初、探索するか、いったん引き返して準備を整えるか議論になったが、結局深入りしない程度に探索することになった。半分は好奇心で動いていたのであろう。この議論の際にPCの一人「戦車の魔導師」が孤立するような感じになって、これは実はNPCにとってはいい兆候であった(しめしめ)。

 NPCにとって危険な場面が多々あって、疑惑が深まっていきひやひやしたが、幸いいちばん危険な部分に気付いた者はいなかったようである(気付いた場合には、そこがいきなりクライマックスになっていたであろう…)。

 めぼしいところを探索したあと、より危険な部分(魔族らがそこにはいて…)を何とかするために、準備のため、いったん引き返したところで今回は終了。

 裏では、NPCと親しいPCの間でこっそり密約を交わし、次回のための罠を張る。ついでに、その罠を切りぬけた先の第2の罠も思いついたので、そのための方策を考えた。

 次回は夢歩きを軽く一通りやったあと、いきなりクライマックスに突入する予定である。(誰も、そんなところがクライマックスとは露ほども思っていないであろう…)それを切りぬけたとしても第2の罠が発動し、さて何人が生き残ることやら…。


◆TRPGでやりたいこと−1999/11/16

 よくTRPGでやりたいことは何かと考えるのだが、私は基本的に直感的な人間で(別に論理的に考えられないわけではないのだが、自分の直感につい流されてみたくなるという悪癖を持っている)、論理的、明快な話って好きではない(嫌いでもないが)。と言いつつ推理小説などよく読んでいるのだが、推理小説の中では、しばしば論理を積み上げた先で、論理を超越してしまう事実というものが描かれることがあって、それが好きなのである。
 さて、それをTRPGでやろうと腐心していた時期があるが、普通そんなわけのわからんものをやったところで、わけのわからんセッションになるだけで、何度もプレイヤーに「わから〜ん」と言われた。そこからだいぶ自分のスタイルを砕いていってだんだんやりたいことがプレイヤーに通じるようになっていったのだが…。

 最近はなんかシリアスなのも食傷気味で(さんざんやったし)、もっとスカッとファンタジックなのと、ほのぼのと幻想的な雰囲気のものがやれんかなぁと考えている。

 ちなみに今やっている「深淵」は、キャンペーンの目的、シナリオの目的などからきし存在せず、ただPCとNPCの目的だけがあって、それを適当に絡めているだけである。あとはPCの運命からシナリオのテーマを1つ決めてなんとなくそれに合わせていくというくらい。かなりてきとーなキャンペーンだ。ただPCが「これしたい!」っていうのに着いて行くだけのつもり。そういう私的な話って好きである。


◆深淵キャンペーン日記4《またまた予想外の展開(笑)》-1999/11/20

 今日は、実はしょっぱなからPC間戦闘に突入する予定だったのだが、重要なプレイヤーの一人が来なかったため(何か用事があったのだろうか?)、さすがにフェアでないということで、今回は見送った。(セッションをやらなかったわけではない)

 今回は夢歩き付いていて、1人につき3回ぐらいずつまわしただろうか。おかげでPCの個々のイメージがかなり固まった。1人、目的を見失っているPC(夢占い師)がいたので、NPCにひたすら「おまえは何をしたいのだ?」問いたださせた。結局わからんということだったので、「では、私がおまえに目的を与えてやろう。…我々の同士となれ。」と、魔族の教団(?)の勧誘までしてしまった(笑)。この辺の過程はやっていて面白い。キャラクター的にも厚みが増して、より深いレベルでキャラクターをプレイできるようになる。

 さて、一段落したところで、その先どうするかと議論になったが、「砦をもう一度捜索したい」派と、「焼き討ちしたい」派に分かれ別々に行動を始めたので、ここはチャンスと裏でNPCに手を回してPCたちを各個撃破することにした。

 今日はプレイヤーが良いアイデアを出してくれて、良いシーンができた。あるNPCが、別のある人物の顔を見たいが、その人物に自分の姿は見せたくないと言うので良い方法はないかと考えていたところ、「夢占い師が(水晶球で)占って見せる」という素晴らしい方法を考えてくれた。ついでにこれまでのいきさつも分かった方がいいということで、それまでの(過去の)いきさつを占って見るという方法で、裏の設定をプレイヤーに説明する場面を作ることができた。

 あと、前々から「月待ち」カードに良いオプションルールを付けられないかと試していて、最初のルールは「使えん」ということだったので、今回はかなり使いやすくした新ルールを使ってみた。基本的に「寿命4年」と同程度か、それ以上の効果を、「縁故」を使うのと同じルールで使えるというオプションだ。まあ山札にたった1枚のカードなので、これくらい良かろうとちょっとデッドリーなバランスにしておいた。バランスについては、まだ1回しか使ってもらっていないので、まだ良く分からない。そのうちどこかでまとめて公表しようかね。


◆「教育的配慮」−1999/11/20

 まあこれは、内輪やサークルなどで継続的にプレイしている場合でないとやりにくいことだが、GMは、TRPGでいろんなこと・より深いことをプレイするためには、プレイヤーを育てていく必要があると思う。
 そのためには、何よりもまず「考えてプレイできるようにする」必要がある。

 公正な舞台を準備して、公正に判定する…良い判断には良い結果を悪い判断には悪い結果を与えるようにする、というのもひとつの(消極的な)方法ではある。シミュレーションゲーム的なスタイルの場合にはこれでいいと思う。
 キャラクター主体のプレイの時には、「全体の場」のほかに「個々のPCの場」というものがゲームの領域として存在している。そしてそこでも本来は、いろいろ考えて自分のキャラクターを構築していかなくてはならない。そういうスタイルを採る場合、個々のPCについて「どうしたらいいか」を考えていかなくてはならず、その考え方を教える(と言うと偉そうであるが)には、それぞれのPCのために時間をとって考える場を作るとか、あと、私がよくやる手なのだが、PLと個人的に「これからどうしようかね〜」とか「そのためにはどういう手順を取ったらいいかね〜」とか話し合うことをするといいと思う。
 ここで大事なのは、自分の考えを相手に押し付けるのではなく、いっしょに考えてみるということ。それから、最後の結論は自分で考え出させるようにする(思い付いても言わない。困っているようだったらヒントだけ出すようにするとか)ことである。

 自分で考えて、自分なりの結論を下せるようになれば、そのプレイヤーは自主的に考えて自分のPCを動かせるようになっていくと思う。


◆物事の善悪を判断する/さまざまな価値基準から考える−1999/11/20

 キャラクターの「目的」「大切なもの」を決めたからと言って、それに従うだけでは薄っぺらい人格のキャラクターしかできない。

 より深い人間性を作り出すためには、現在とろうとしている行動が正しいか否かを判断する過程が必要である。ちゃんと納得している場合には、あとで何らかの問題や異議が出てきても「自分はこういう根拠でやっているんだ」と主張できるし、納得できない場合には、再度確認を取ろうとするとか、逆らうというプレイもできる。

 今日の深淵のプレイでこんなことがあった。

1)あるPCにNPCが頼み事をした

ここで何も考えない場合は、

2−a)何も考えず従う

となるが、実際は

2−b)PCはNPCの頼み事は社会的通念から「正しくない」と判断した。よって、PCの立場からNPCを納得させて「頼み事」を撤回させるための方策を考え始めた。

という展開になった(素晴らしい)。

 現実には、物事の判断基準にはさまざまなものがあって、「個人的な好悪」「物理的な有利不利」「倫理観」などなど、それらを複合させた上で判断を下せるようになると、より深い人間性を表現できるようになると思う。(そこまで考えられる人は少ないが)


◆ゲームブック的シナリオ/セッション構築−1999/11/27

 私のシナリオの作り方は「ゲームブック」から来ている。見せたいシーンをとりあえず思いつくままにいくつも用意しておき、あとでその間をどうつなぐか考える。セッションの場の流れを見て「出せそうだな」と思ったら適宜その場面に持ちこむ。自分のペースに持込さえすればあとはそのシーンが終わるまで、事前に準備した設定を駆使してプレイヤーを楽しませる。ある程度アドリブ能力が必要だが、展開をプレイヤーたちに合わせて自在に変化させていける点が良い。

よく、

「こんな展開になるとは思わなかったでしょう?」

と言われるが、私は

「いや、展開なんて考えてなかったよ。」

と答える。私はただ、プレイヤーに合わせるだけである。

(なので、プレイヤーがつまらない展開しか考えられなかったら、つまらないセッションになる。面白い展開を発想できれば、予想もしなかった面白い展開になる。)


◆PCに目的を与える−1999/11/27

 実は、目的のない、ふらふらしたPCに目的を強引に与えることはたやすい。
 私から見れば、そういうPCこそ格好のカモである。

 GMとして立場なり目的なりをPCに与えるのは、基本的にはゲーム開始前まで、とするべきであろう。
 それ以後はPCはプレイヤーの管轄下に置かれるので、そこに口を挟むのは越権行為であると考える。よって、ゲーム中に「PCに目的/立場を与える」には、NPCを使う。
 PCと接触できるNPCに

「君は何でこんなことに関わってるんだね?」

とか、さらに一歩進めて

「我々の仲間にならないか?」

と問いたださせればいい。
 そうすると、PCは、

・それを受け入れる
・拒絶し、敵対する
・逃げる

のいずれかの立場に明確に位置付けることが出来るようになる。立場が明確になればプレイヤーからすればPCが動かしやすくなるし、 GMからするとリアクションが読みやすくなるという利点がある。

 ただ問題なのは、(特に私の場合)接触するNPCに悪人が多くて、 PCが悪に染まってしまうことが多いという点であろう(笑)。


◆深淵キャンペーン日記5《それぞれの道》-1999/11/28

 昨日でキャンペーンの第1部終了。途中紆余曲折あったが、結局ほぼ最初想定していたとおりの結末となった。


 さて、「けいじばん」に書いた「PCの人格を破壊するせりふ」だが、それは

 「ところで…あなたはいったい誰を生贄に捧げたの?」

であった(笑)。プレイヤー曰く

 「頭の中が真っ白になった」

ということで、ばっちり決まった(笑)。
 このキャラクター(戦車の魔導師(笑))は、冒険のあと、自分が捧げてしまった生贄のことを探しに旅立つことになった。


 魔剣の所持者は、仕掛けた罠「運命の出会い(異性)」を使って彼を悪いやつらの仲間に引き込んだ。さらに、

 「私を愛してるなら、その人(PC)を殺して♪」

と迫ったが、さすがにそれは

 「これまで共に戦ってきた仲間を殺すことはできない(と、熱く語ってくれた。嬉しい♪)」

と断られた(ちぇ)。もちろん友情のための縁故を割り振ってもらったけど。(「そこまで言うなら縁故を割り振りなさい!」というやつである。)


 激しい戦闘が続いて、さすがに休養が必要だといってPCたちが休んだので(重要なNPCが行方不明になっているとか、妖しいNPCが出現したとかあったのだけれども…)、その隙にNPCにやりたかったことをすべてさせることができた。(魔剣の所持者も味方に引き入れたので…)


 一人、どうしてもNPCと和解できぬPC(騎士)がいて、『何で従ってくれん!』と、ついむきになってしまったが、あとで気を取り直してキャラクター同士話し合いをし、NPCは「おまえとは縁を切る」と言って去り、PC(騎士)はNPCを止めるためにその後を追った…ということで何とか話として形になった。


 夢占い師は、

「約束だからな。」

と、いさぎよく魔道に堕ちた(笑)。


 以上で完了。
 一応同じキャラクターでも話を続けられたが、「(戦闘で)寿命を使いすぎて辛い」とのことだったので、次はまた新しいキャラクターを作ってやることにした。まあ、今回の話とのつなぎは適当に付けられるであろう(一応、すでに一つ案を考えた)。
 またまた新しいキャラクターを元に先を考えるのが楽しみである。


◆深淵キャンペーン日記5.5−1999/12/01

 あとになって後悔と言うか、面白い場面が思い浮かんでしまった。(よくあることだが)

 『ああ、あそこであいつを出して、あれを持たせておけば…』

 PCの運命と動向を見て作った(しかもシナリオ中「新たな運命」が多発した)セッションなので再現が難しいが、またどっかでやりたいなーと思う。こういうセッションは不確定要素が多すぎて、シナリオにするのも難しいのだが…。
 そのへん何とか考えて、あと、どこでやるかだが…さて。


◆「PCの人数によるストーリーボリューム」-1999/12/01

一応数学的に計算してみた(笑)。

条件)
【1】PC1人の場合のストーリーサイズを1とする。
【2】PCが単独で行動する領域を20%(多めかな?)、他のPCと共有する領域80%とする。
【3】MAXを求めるため、「共有領域」は常に2人のPCしか参加しないことにする。
【4】1人のPCが他のPCと共有するストーリーの大きさはすべて等しいものとする。

計算)
a)【4】より、n人のPCがいる場合、あるPCが別の1人のPCと共有するストーリーは
 → 0.8/(n-1)

b)n人のPCがいる場合、その共有場面の数はn人中2人取ってくる「場合の数」に等しいので、
 → nC2=n!/((nー2)!*2!)=n*(n−1)/2

c) a)b)よりPCに共有される時間は
 →(0.8/(n-1))*(n*(n−1)/2)
 → = 0.4*n

d) n人のPCの単独行動の時間は
 →0.2*n

よってc)d)の和より、PC2人以上の場合のストーリーのサイズは

∴ 0.6*n(答え)

 ただしこれはMAX値なので、(乱暴だが)基本値1とこの計算による値の平均を、実際想定すると良いと思われるストーリーボリュームは以下のとおりになる。

PC
MAX
平均
1.0
1.0
1.2
1.1
1.8
1.4
2.4
1.7
3.0
2.0
3.6
2.3
4.2
2.6
4.8
2.9
5.4
3.2

 ただしこれはPCたちが経過していくストーリーの量を書いているだけで、実際シナリオを作る場合にはもう少し幅を広げなくてはならない。しかしPC5人相手だとメインのストーリーを基準に、2〜3倍ものエピソードを考えなくてはならないというのはなかなか辛いものがある(自由度を高くするためには必要であると思うが)。そこで、なるべく余分に考える無駄なエピソードが出ないように、エピソードの内容そのものを一工夫する必要が出てくる。
 その方法についてはまた次回(つづく?)。


◆深淵キャンペーン日記6−1999/12/05

 昨日はキャラメイク。深淵では、活躍したPCほど寿命を使い切ってプレイの継続が困難になるので、キャンペーンと言ってもPCはほとんど入れ替わってしまうことが多い。(いまさら気にもしないが)
 ということで全員新キャラを作ることになった。

 前回さんざんやったので、今回はあまり戦闘はやらないつもりでいたのだが、どうもプレイヤーの方で味をしめて戦闘系のキャラクターを作ってきたので(4人中2人は完全に戦闘系、1人は「戦闘もできる」、1人は吟遊詩人)いちおう戦闘場面も作らないかんのかなと考える。(PLやPCの要望を聞いてシナリオを作ったことなど一度もないのだが)まあ、「こいつらは戦闘もこなせるから、そういう危険な場面にも送りこめるな♪」と前向きに考えておこう。

 今回はどこかの町を舞台にして錯綜としたわけの分からないシナリオをやろうかと考えている。いちおう骨格となるアイデアは一つ二つ考え付いたので、それを元にやろうかなと。掲載途中の「死門」をベースにするかもしれない。(そのために「1000の物語の部屋」のメニューの順番を変えたのだが…)

 シティーアドベンチャーでPCがそれぞればらばらに行動することを想定した場合、イベントをたくさん用意しておかなくてはならない点が大変である。メインとなるストーリーのラインを二つ三つ考えておいて、それに伴う小イベントをいくつも思い付くままに作っておいて、PCに適当に当てはめていけばいいのだが。
 まだ結末も見えてないし、その時に辻褄が合うようある程度保険をかけておく必要はある。
 この時PCの設定がきちんとされていると、とても役に立つ。最近は、運命とそれに絡む縁故で重要な裏設定が必要な場合には、「自分である程度考えておいて。あとでシナリオに合わせるから。」と言ってプレイヤー自身に考えてもらうようにしている。この方がプレイヤーも納得ずくでPCをはめることができるのでなかなか良い。感情移入もさせやすいし。


◆N◎VA-Revolution- −1999/12/06−

 この前の木曜日、N◎VAを時々行くサークルでプレイした。本来は毎週やっていて(いちおうキャンペーンなのかな?)、仕事で忙しくてたまにしか行けず、今回で参加は2回目であった。
 前回は「レッガー」というやくざ屋さん(裏は殺し屋)のキャラだったので、思いっきり喧嘩を売ってきてしまって(一応NPCには喧嘩を売りつつ、まじめにシナリオは進めていたはずだが…)、いきなり戦闘に突入し、ルールもさっぱりわけもわからずにやってひどい目に遭ったので、今回はどうなるだろうとドキドキしながら行った。そうしたら、GMさんが「キャラを作りなおします」と言ってちゃんとキャラクターが使えるよう作りなおさせてくれたので、ずいぶん助かった(前回の経験で、ある程度ルールも分かっていたし)。
 もちろんたまにしか来ないので話の全体の流れはさっぱり分からなかったが、気に入らない奴(≒悪い奴)をガシガシやっつけてるだけで良かったようなので、何とか話に入り込めた。
 戦闘自体は解ればけっこう緊張感があって面白かった(数字はどんぶり勘定な感じだったが)。キャラクターとしても、わけわからないなりに好き勝手しゃべらせてもらえたので楽しかった。話の流れからか妙にいいせりふを言ってしまったので、「やくざ屋」で「殺し屋」のキャラクターに「義理堅い」という特性が加わってしまった(笑)。


◆深淵キャンペーン日記7-1999/12/14

 12/11の土曜日にキャンペーンの第2部の最初のセッションを行った。プレイヤーは前回から引き続き4人。その日は一人が仕事で忙しくて来れないという話だったので、3人の参加であった。
 実は全体的な流れとか、断片的なアイデアは結構出ていたのだが、具体的にどう始めるかとか、全然いいやり方を思い付かなかったので、仕方なく(無謀にも)アドリブでやることにした。

 対策として「6つの世界の物語」「ルーンクエスト・シティーズ」を持っていった。前者にはシナリオの登場人物・イベント・アイテム・敵などを1D6でランダムに決められるチャートが付いている。後者は町限定で、1D100を何回か振るだけで、もっと詳細な設定ができる。もっとも「ルーンクエスト・シティーズ」の方はいろいろめんどくさい判定とかあるので、事前にさいころを振ってイベントを10とか20とか作っておいて、当日その中からランダムに選ぶ方が良い。…のだが、それをやっている暇もなかったので(単にサボっていただけという話もある(苦笑))、本を丸ごと持っていった。
 あと、ランダムなのを気付かれるとプレイヤーの興を殺いでしまうので、ここ2〜3年使っていなかった「マスター・スクリーン」まで引っ張り出した。ちなみにB−Roadsサプリメント「変異混成術師の夜」の美麗なマスタースクリーンで、裏にスペシャルアピアランスの怪しげな表が付いているところがミソだ。
 もう一つ、昔の「深淵」の自作チャート表(というか冊子)も持っていった。

 さて、実際のセッションだが、上のようにいろいろ準備していったが、結局ほとんど何も使わなかった。プレイヤーが適当に話を進めていってくれたおかげである。
 とりあえず北原の適当な地図に名の載っていない町にしたのだが、PCたちは出身地がバラバラで(さいころで決めたのだから当たり前だが)「何でその町に来たの?」という話をひたすら詰めていっただけで適当な話になってしまった。今回、シナリオ上PCと同じ数の運命を決めて、話の流れで適当に1人1つずつ運命をあげることにしていたので、それ用のイベントをPCに合わせてアドリブ作るだけで良かった。

 そうやっているうちに、おぼろげに見えていたシナリオが頭の中で一挙に収束して、実は、もう8割がたこのシナリオの終わりが見えた。
 この辺のダイナミックな過程が、私がGMをやっている時には楽しい。最初アイデアの断片だけがあって、よどんでいるような話の流れが、PCたちが動き出すことによって一つの流れになり、その先の「終わり(目標)」が見える瞬間が面白い。流れと、行き着くであろう終着点が見えたら、あとはその流れに沿った場面を段階を追いながら考えていくだけである。PCたちがその流れにそのまま従うか、逆らおうとしてあがくか、そこが見物だ。

 余談だが、今回の話もなかなか変な話になって面白いなと思っていたのだが、帰りに本屋で立ち読みをしていたら、そっくりのアイデアが別の某有名ゲームでもろに使われていたという記事を見つけてしまった。まあ、よくある話ではあるが、よりにもよってというタイミングだったなあ…(だからって、もう話を変えることはないけれども)。


◆深淵キャンペーン日記8-1999/12/21

<<今回のあやしい会話>>

NPC:「あなたの血をちょうだい。」
PC: 「いいけど、いったい何に使うんだい?」
NPC:「私が吸いたいの。」
(女性に何てことを言わせるんだと言いつつ(笑))

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 プレイは例によって12/18(土)に行った。この週は後半あたりからすこぶる体調が悪かった。(熱っぽく、全身がだるく、腹の調子が極度に悪く、時々きりきりと痛む)にもかかわらず、土曜は「深淵」のGM、日曜は朝から「D&D」のキャンペーン(プレイヤー) というハードなスケジュールであった(笑)。

 今回はPC同士バラバラに行動する予定だったので、最初にメモ用紙を渡して

「やりたいことがあったらこれに書いてくれ。」

と言って始めた。このスタイルは久々だったので、私自身の処理能力がかなり落ちてしまっていたが、だんだんと感覚を思い出してセッションが回るようになっていった。プレイヤーも『書いて出さないと話が進まない』と自覚して(と言うか、書いて出してくれないとPC4人のバラバラな行動は、とてもじゃないが把握しきれない)書いてくれるようになってくれた。副次的な効果だが、こうやって自分の行動を紙に書くと自分の考えが整理されていく(ような気がする)のはいいことであると思う。

 NPCの方は基本的に行動原理が決まっていて、それに則ってどんどんアクティブに行動していっているが、PCの方はまだ2回目で、自分で自分が何をしたいのかが固まっておらず、NPCに振り回されているような状況であった。(まごまごしてるとNPCの良いように操られることになるぜ!と内心思いながら…)

 そうそう、PCの一人が

「自由が欲しい」

と言っていた。これは、GM対PLの永遠の対立テーマだと思う。お互いどこに妥協点を見つけられるかが面白いところである。 だが、たとえ自由をもらっても何をしたいのかが決まっていなければ、「好きにしていいよ」と言ったところで「何をしたらいいかわからない」とか、「適当に何かをした。でも結局時間の無駄だった。」となるだけで無為だ。「これがしたい」と言ってくれれば、キャンペーンだし、その意向をかなえられるように妥協することもできる。

「キャラクターが、何をしたいということだね。」
「そう、そこがまだ固まっていないんですよ。」

 さて、キャラクターの「やりたいこと」というのは、意外と日常のごく些細な出来事の中で見つかることがある。そういう日常的な場面、会話、人間性の出るようなシーンを考えて、PCと周りの世界との関わりを認識させられると、キャラクターやキャラクター間の人間関係が生きてくるようになる。
 ということで次回に備えてそれ用の場面を考えることにした。(つづく)


◆私がD&Dが嫌いだったわけ−1999/12/23

 元シミュレーションボードゲーマーだった私は、D&Dが嫌いであった。なぜなら、基本的にこのシステムは戦闘及びダンジョンの探索しかできないシステムであり、それだったら素直にシミュレーションゲームをやっていた方がいろいろ細かいディテールに凝ることが出来て良いじゃないかと思っていた。一方私はRPGというものに、シミュレーションゲームとは異質の例えばストーリー性のあるゲームのようなものを求めていたのであるが、D&Dでそれがかなえられるかというと、全くといっていいほどサポートされていなかった。よって「帯に短し、たすきに流し」で中途半端で面白みに欠けるシステムと思っていた。

 しかし最近は認識が少し変わった。逆に言えば多人数で戦闘およびダンジョンの冒険をしたいのであれば、これだけお手軽に生きるか死ぬかのスリルを味わえるシステムはない。(リアルな描写とかはないけれどもね)まじめにやらないと本当に死ぬからね。このゲームは。
 加えて、もともと魔法のシステムも独特で面白いとは思っていたのだが、その強力さがわかってくるにつれて、いかにうまく魔法を使いこなすかという点も面白く感じるようになった。

 そんなわけで、遊び方さえわかってやればなかなかじわじわと面白みの滲み出てくる面白いシステムだと見直し始めている。


◆週1マスターのすすめ−1999/12/23

 人によってペースが違うだろうけれども(週1はきつすぎと言う人もいるかもしれない)、長すぎず、短すぎずの間隔で定期的にGMをこなすのは、その技量を上げる意味で有効である。特に自分でリアルタイムにオリジナルのシナリオを作りつつやっていくのはいろんな意味で勉強になった。(ちなみに私は最大週3マスターで全部別々のキャンペーンをやっていたことがあった。私個人としては週2が気分の切り替えができて一番いいかなと思う。比較しながらできるのが面白い。働くようになってからは週1がいいところだと思うけれども)

 週1くらいでやる利点の一つは、プレイヤーも忘れないので、緊張感を持続させながらセッションを続けることができるという点であろう。プレイヤーというものは肝心なことでもなんでもどんどん忘れていってしまう愚かな生き物である(というのは冗談として(笑)) 。
 あと、シナリオ作りに関しても、週1とか期間を区切って作っていった方が作るペースというものができて良い。やたらと時間を取ったところで良いものができるとは限らない。キャンペーンをしていれば、作りつつすぐにその善し悪しをテストでき、その場で直していける。場合によっては「もう少し時間があればもうちょっと設定を…」ということもあるだろうが、その限られた時間の中である程度以上の水準を保つ技術は確実に身に付く。もうちょっとやりたかったようなことは、あとで自分のシナリオを見直して書き直せばいいと思う。

 そんなことをしたところでもう二度とやらないのでは?という人もいるかもしれないが、できたら一度シナリオを作ったら2回以上やってみるとその場でプレイヤーの反応が違って面白いし、大体2回やればほとんどのあらが出て直せる。(3回目以降に出るミスとかは、もはやもはや根本的なもので直しようがなかったりする)そうしてシナリオの質を上げていくことが可能だ。

 そんなわけで、定期的・継続的にGMをやっていくのには良い効果があるので、機会があればやってみるといいと思う。


◆深淵キャンペーン日記9−1999/12/29

 前回のあといろいろ考えたのだが、どうも先行きあまりぱっとしないので、ちょっと話をいったん収束させて見ることにした。そのためにはいろいろ手順を踏んで収束点にプレイヤーを導いていく必要があるので、珍しくわりときちんとセッションの流れを事前に準備して行った。そうしないと手順を間違えるので。手順を間違えるとまとまる話もまとまらなくなってしまうのである。
 ちなみにその計画は以下のような感じであった。

1)前回の行動の継続
2)ちょっとだけ日常的イベント
3)"森"の暗示(PCごとに)
4)嵐、影の出現(以下継続)
5)"森"の調査・冒険/出逢い:少女・魔物
6)夢歩き/魔族の夢
7)対決/守護者
8)封印されたものの半覚醒/その影響

 年末だったのでプレイヤーは2人しか来れなかった。ので、わりと一人一人細部までかまって話を進められたのはなかなかよかった。
 話のほうは1人は戦闘ばかりしていた。まあ、戦闘系のキャラなので良いといえば良いが、何も考えずに問題の場所に突っ込んでいくばかりなので、それではいくら命があっても足りなくなるよって感じだった。いいかげん戦闘には飽きてきた。少なくとも無駄な戦闘はしないに越したことはない(と言いつつ敵地にばかり送り込んでいるのだが)。もう一人は、多少考えて行動するようになってきたようだ。が、一度死にかけた。実際には幻相手の戦闘だったので死ぬことはなかったのだが。彼も戦闘にかんしては盲目的に突っ込んでいく傾向がある。今回の敵はまともに行ったら絶対に勝てないので、今後もう少し考えてくれるようになるといいが。

 実際の進行具合は、時間は経過したが進行は予想通り5)くらいまでであった。何と言うか、単独行動だと議論しない分ずいぶん行動が非効率的になっていく気がする。なんとかならんかなあ。一度個別にきちんと話し合って今後の行動を整理させていかないとだめなようである。行き当たりばったりは非常に効率が悪い。
 と言うか、私は状況を見て、さまざまな情報を分析をして「ここがポイントに違いない!」と見定められるか否かの駆け引きがしたいのだが…どうもここのプレイヤーは情報戦に慣れていないらしい。いや情報戦をまともにできるプレイヤーって世の中にあまりいないという感じがする(たまにはいるけどね)。面白いのになあ。


◆「情報戦」などなど…−1999/12/29

 マルチ・プレイヤーズ・ゲーム的な遊び方だけれどもパーティーという概念が希薄なRPGでは、「情報戦」が面白い。個人的には大好きである。
 このスタイルの場合、PCの知らないことはプレイヤーも知らない方がよい。PC/PL同士の話し合いは、他のプレイヤーに聞かれると大変まずいし、場合によってはGMにも知らせない方が面白い場合がある。普通はGMがすべての話を観測すべきだと言われるが、このスタイルの場合には必ずしもその必要はないと思う。なぜなら、PC/PLの交渉の結果は「情報が巡った」という形で間接的に表面上に反映されていくからである。

 このスタイルを私が好むもう一つの理由は、GMが「NPCのプレイヤー」に専念できるからである。

 私は基本的に先の読めないセッションが好きだ。GMがその技術を向上させ、プレイヤーをよく把握していけば、容易にその行動の方向性をコントロールできるようになるし、結末も場合によっては多少ごり押しで、パワーバランスを調整して思ったものにしてしまうことができる。しかし、シナリオを考えてから実際にその場面に至るには何ヶ月もかかることがあり、思いついた当初は「すごい!」と自分の考えた話に酔うこともできるが、プレイする時にはすっかり覚めてしまっていることが多々あった。

 それで面白いんだろうか?

…というのが私の疑問である。その話を考えた瞬間の興奮とかを実際のセッションに持ちこんで一緒に味わえないのだとしたら、こうして生でプレイヤーたちとセッションすることに何の意味があるのであろう?

 そんなわけで私は自分のセッションでは必ず何らかのプレイヤーの介入する余地を残すようにしている。「ここから先はプレイヤー次第」という。その不確実さといかにうまく付き合うか、そこから偶然生まれる感動的な演出といくつ出会えるかが私の楽しみであり、それを引き出そうというのが私のスタイルであると言っていいであろう。

 そうそう、前回もいい夢歩きがあった。
 死の門の向こうの仲間がPCに「ここから連れ出してくれ!」と頼む夢だったのだが、だんだんと扉が閉じていって、

「『待ってくれ!閉じないでくれ!』と手を伸ばす…といったところで目が覚めるのかな?」

と、いつの間にかプレイヤーが自ら語りだした。こういうのが楽しいんだなあ。


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