場面集 -終局-
『力が欲しいか?』
〜魔物の囁き〜
「我々の切り札は龍だ。龍を使う。」
翌早朝、巫女を送る大勢の白い列が、静かに細い路地を進んでいく。
その列は、夢に見た、あの路地に向かっていく。
夢で見た、あの妖精の城があった、路地に。
「滅んだ貴族の子孫」は、おなかに鈍い痛みを感じる。
その痛みはだんだんと強まっていく。
そして血。彼女は夢を見る。
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夢に見た、あの女の子が倒れている。
その小さな身体が、びくびくと小刻みに震える。『…おかあさん…おかあさん…
苦しいよ…苦しいよ…
助けて…助けて・・』
『力が欲しいか?』
その魔族の運命と共鳴してしまったという者は、その時、全身が火に包まれた巨人にその姿を変じたという。
その日、その炎の巨人は、町に数体現れた。
そうして、町は炎に包まれた。
列は、その行き止まりにたどり着いた。
掛け声がかかり、白い衣装を身にまとった神官たちが、金の、さまざまな装飾の施された大きな扉をその行き止まりの前に立てる。
司祭が、巫女を連れ、ゆっくりとその扉の前に歩み寄る。
そして懐から金の大きな鍵を取り出す。
鍵はその扉の鍵穴にぴたりとはまり、ゆっくりとまわしていくと1回転したところで、カチリという音がする。
ノブを回すと、すぅっと、扉は手前に開く。
中から風が、さぁっと吹きつける。その向こうに、道が続いている。
「さあ、行きなさい。」
司祭は言う。
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扉を抜け、狭い路地をしばらく行くと、川に出る。
橋を渡り、さらに行くと、そこに広大な城があった。
門はかすかに開いていて、中に入ることができる。
だだっ広い城の中を探ると、やがて地下へと続く道を見つける。
その中は洞窟が続いていて、その奥で大きな扉に行き当たる。
扉を開けると、そこは広間で、床に大きな魔方陣が描かれている。
その中央に全身が包帯に包まれた、あの巨人が立っている。巨人は両手を大きく広げ、言う。
「待ってた。
この時を何百年待ったことか。
さあ、私を受け容れて。
そして、共に生きましょう。」-----------------
再び扉を抜け、町へと戻ってくると、そこは火の海になっている。
空を見ると、飛行する龍の姿が見える。黒いローブを身にまとった、白髪混じりの男が現れる。
「お待ちしておりました。さあ、ここは危険です。こちらへおいでください。」
「ひとまずこの町からは離れた方が良いでしょう。今はこの騒ぎであなた方に気を止めるものはいませんが、
いずれあなた方の存在を知れば、そのお命を狙おうとする者が現れるでしょう。」
「ですが、 これからは、あなたとそのお腹の、大切な御子は、我々が大切にお守りいたします。
御安心ください。」「さあ、我々と共にこちらへ…」
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…そうして、彼女は、彼らと共に姿を消した。
彼女は、巫女となって向こう側に行った。
やがて、例の呪いは解け、町の領主はその命を永らえた。やがて、どこかの占い師が夢を見たとか、彼女のことを知るものがそんなことを言っていただとか、
噂話が流れた。
それを語り部が美しい物語として人々に伝えた。
だから、それは本当の話かどうか今となってはわからない。
それは、こんな話だ。〜あの巫女は、子供を身ごもっていた。
本当は、生きてその子を産みたかったのだけれども、
領主様のお命を救うため、旅立たれた。
巫女の行った先には、恐ろしい魔族がいて、それが恐ろしい呪いで領主様の命を脅かしていた。
魔物は巫女を殺して食べようとしたが、その時彼女に子供がいるのに気が付いた。
魔物は、ずっと昔に自分の子供を失って、ずっと子供が欲しくて仕様がなかったので、
その子供を自分にくれたら命は助けてやろうと言った。
巫女は、そこでこう言った。
子供を失ったその辛さを知るあなたならば、そのことで私がどれだけ哀しむかもよくお分かりでしょう。
だからこの子は差し上げるわけにはいきません。
でも、あなたと私が二人でこの子の親となって、いっしょに育てるというのであれば、
私はそれを受け入れましょう。それからしばらくして、無事子供は生まれた。
巫女とその魔物は二人でその子と共に長く平和に暮らしたそうである。
そして、自分の子を得ることでその心が癒された魔物は、
しばらくの間、人を呪うことを忘れて穏やかに暮らすようになったそうである。〜
-fin-